武士の理解不能な切腹という行為を簡単に分かりやすく解説!『武士道 新渡戸稲造』

「武士の切腹を理解できない!」

「なんてくだらないことをしていたのか!」

「何でワザワザ痛いのがずっと続く方法を取るかな?」

「想像しただけでもお腹が痛くなっちゃう。」

等々、同じ日本人だとしても、切腹という行為の理解に苦しみます。


 しかし、調べてみると切腹という行為には意味があった事を知る事が出来ます。

 そこで今回は武士道の中でも特に異常性を感じる、切腹について誰にでもわかりやすいように解説していきます。


 出来るだけ簡潔に、グロくないように

◎、切腹は何のために行われていたのか?

◎、なぜ腹を切るのか?

◎、不適切な切腹行為

この3点に絞って見ていきます。


 この記事を読む事でなぜ武士は切腹をしていたのかを知る事が出来ます。

 武士にとってどれほど武士道が大切なモノであったか知る事ができます。


 それではこれらについて詳しく見ていきましょう!





武士道における切腹『切腹は何のために行われていたのか?』

 結論:『武士の名誉を尊重し、守る為』


 腹を切るという行為を自殺として見た場合、もっとも痛く、最も長く生き長らえ、最も苦しむ方法の一つとされています。


 私達の普通の感覚からすれば

「なんて残酷な処刑方法なんだろう!」

と感じます。


 しかし、武士道で切腹は

『処刑』

という意味合いはありません。


 切腹には主に

◎、正式な懺悔

◎、覚悟の表し

◎、冤罪の証明

 このような意味があったようです。


 どういうことか少しだけ深堀りします。



<正式な懺悔>

 武士の世界では、罪を犯したり、大きな過ちを犯した者は打ち首にされました。

 つまり、その場で問答無用に切り捨てられるわけですね。


 そうなると、何かの勘違いだった可能性や、何故その行為を行ったのか?等の釈明の機会がありません。


 現代でもこんなことはありませんか?

 貴方が友達と遊んでいたら友達が遊具を壊してしまい、その場から逃走。

 ちょうど間が悪いタイミングでそこに先生が来て

「遊具壊しちゃダメでしょ!!!」

と頭ごなしに貴方だけ怒られる。


「私なにもやってないのに。なんで先生は私の話を聞いてくれないの?」

となりますよね?


 一方の逃げた友人も、貴方が理不尽に怒られた事を知って

「ゴメン。でもあの先生は頭ごなしに怒って話を聞いてくれないし、言い出せない」

と後悔しているかもしれません。


 現代でもそうなのですから、武士の世界では問答無用で切り捨てられるのは物凄く不名誉で悔しいことなんです。


 そこで切腹は、弁明や名誉回復、正式な懺悔・償いの機会となるので、武士の名誉を守る為の、相手を尊重したモノになるんですね。


 何度も言いますが、そうじゃなければその場で

『単なる罪人』

として切り捨てられるんですからね。



<覚悟の表し>

 主に友人を守るため等の場面でも切腹が使われたようです。

 罪人を処罰する時には、その家族も連帯責任で処罰されます。


 しかし、友人や仲間の場合は必ずしもそうとは限りません。

 そこでこんな切腹の仕方もあったようですね。


「こいつは関係ないんです。」

「私が腹を切って証明しましょう!」

とか

「こいつがこんな事をしたのは全部私が原因なんです。」

「私が腹を切りますので、私に免じてこいつを許して下さい。」

のような感じですね。


 昔の漫画で

『うしおととら』

という作品があります。

 この19巻で

「昔から自ら進んで死を選ぶ人間がいた。中には笑顔を見せる者もいた。あれは一体なんなんだ?」

という謎を追い求めている妖怪が出てきます。


 武士道の切腹の意味はまさにこの部分なのかもしれません。

 この作品で最終的に出される答えは、是非貴方自身の目で確かめて下さい。



<冤罪の証明>

 武士の時代は現代のように科学捜査が行えたわけではありません。


「疑わしきは罰せず」

のような考え方があったわけでもありません


 むしろ疑わしい者は罰するんですね。

 そのため無実で命を失ったり、その場で切り捨てられなくても島流しにされたり、冤罪被害は多かったと思われます。


 しかし、

「自分は何も悪いことはやっていない!」

と主張したところで認められるような時代でもありません。


 そこで

「それでも自分はやっていないんだ」

ということを証明するための最終手段として切腹があったわけです。


 どんなに疑われていようと、世間から叩かれていようと、切腹をすれば無実の証明になったわけですね。

 もちろん、自宅で適当に一人で行うのではなく、儀礼として正式な作法に基づいて行う切腹じゃないと意味はありません。


 切腹にはキチンと作法があるんですね。

 その作法に寄らず勝手に行われた切腹はただの自殺です。


 後半にお話しますが、そのような切腹は狂気や興奮状態から来る行為で、武士道における切腹ではないんですね。




武士道における切腹『なぜ腹を切るのか?』

 結論:『腹に魂・感情が宿っていると考えられていたから』


 切腹は名誉を守るとか、友人を守るとか、そういった目的や意味がある事がわかりました。


 しかしここで

「別に腹を切るなんて行為じゃなくても良くない?」

と思いますよね。


 しかし、武士道のあった時代では腹じゃないといけなかったんです。


 その理由は

『腹に魂や感情があると考えられていたから』

です。


 現代でも

『腹黒い』

のような言葉がありますよね?


 これは、腹の中にこそ人間の本心や本性が隠れていると考えられていたからなんですね。

 つまり、その腹を開いて大衆に見せる事で、自分の無実や覚悟等を証明するわけです。


 腹を開いて民衆に見せる切腹は、嘘・偽りのない全てを見せる行為なんですね。

 もちろん、腹を開いても

「私は嘘をついていません」

のように書かれてはいません。


 そのため現代人からすれば

「別に腹を開いても何の証明にもなってないよね?」

と思うかもしれませんが、命を持って無実等を証明するその姿に意味があったわけですね。


 だから、腹じゃなければいけないし、キチンとした儀礼に則った切腹じゃなければ意味がなかったわけです。




武士道における切腹『不適切な切腹行為』

<自殺願望者に都合の良い切腹>

 結論:『安易な切腹はただの自殺行為』


 武士道は鎌倉時代~明治初期ころまで長きに渡って存在していたと言われます。

>>>武士道の起源を誰にでも分かりやすく解説します。


 当然その中で誤った解釈をされたり、一種の流行みたいな形で取りざたされることもあったようです。


 特に注目すべき部分は

『切腹=名誉な事』

これの一人歩き。


 実際に自殺志願者のような若者がこぞって

「名誉の為に!」

と安易な切腹をするようになった時代があるそうです。


 自殺願望を持つ人は、現代だけではなく武士道のある昔から沢山いたという事ですね。


「自分が生きている意味が分からない」

「自分なんて生きていても何の意味もない」

「生きているのが辛い」

 このような人達にとって、崇拝され、尊敬され、自分自身という存在に意味を持たせてくれる切腹という行為は魅力的に映ったのだと思います。



<意味のある切腹>

 自殺という行為には2種類あると言われます。

『狂気・狂信と病的な興奮を伴う、無意味な自殺』

『冷静・平静の中の中にある、意味のある自殺』


 先ほど紹介したような流行的に活用された切腹は前者。

 武士道による切腹は後者とされます。


 切腹は先述した目的を果たすための行為であり、取りみだしたり、興奮を伴ってはいけない行為なんですね。


 冷静に自分自身と向き合い、極限なまでに冷静で・平静な状態のまま行わなければ切腹で果たそうとしている目的を果たせなかったわけです。


 だから安易な切腹は武士道における切腹ではないんですね。


 武士道においての考え方はこうです。

『武士は極限まで生き抜け!生きる事が死ぬ事よりも辛いなら、生きる選択をしろ!』

このように説かれています。


 だから武士道の存在している時代に、戦で負けたら逃げ伸びる

『落ち武者』

という存在があるわけですね。


 彼らは安易に切腹という選択をせず、負け犬というレッテルを貼られながらも、生きる選択をしている

『武士道に生きている人達』

なんです。


 キチンとした目的があり、そのために必要なら切腹をためらわずに行う。

 しかし、必要がないときにそれを行うのは逃げであり、卑怯なだけなので許されない。


 切腹はまさに武士道の教えの

『義』・・・卑怯なことはせず、やるべき事がある時にはためらわずにやれ

の究極的な形だと言えますよね。




まとめ

 これらの事を知っても

「現代ではありえないよね」

とは思いますが、どこか理解は出来るところがありますね。


 それでは

武士の理解不能な切腹という行為を簡単に分かりやすく解説!

についてまとめて終わりにします。


 切腹は何のために行われていたのか?

 武士の名誉を守り、尊重するため

 具体的には

◎、正式な懺悔

◎、覚悟の表し

◎、冤罪の証明


 なぜ腹を切るのか?

 腹に魂・感情が宿っていると考えられていたから


 不適切な切腹行為とは

 安易な切腹。

 自殺として活用する切腹行為。


 武士道では

『武士は極限まで生き抜け!生きる事が死ぬ事よりも辛いなら、生きる選択をしろ!』

と説かれている。

 切腹は死ぬための手段ではない。



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Posted by futa