本質的な死を考える。「貴方は宗教に頼らず死を語れるか?」 『死とは何か 著:シェリーケーガン』

2020年7月23日

「死とは何ですか?」

 貴方はこの質問に答えられますか?

 

「いきなり難しいことを質問してくるなぁ!」

このように思いましたよね。

 

 これを

『天国・地獄、生まれ変わり』

等の宗教に一切頼らず、真正面から真剣に考え抜いた経験のある人はほとんどいません。

 

 特に日本は死穢観(しえかん)といって

『死=穢れ(けがれ)』

と考える国なので、なおさら死と向き合う事を嫌います。

 

 しかし、今の世の中

「もう死んでしまいたい」

 このように悩み、苦しんでいる人達が何十万人、何百万人といるのも事実です。

 

 この記事では

◎、「もう死んでしまいたい」と悩む人を救いたい貴方

◎、「もう死んでしまいたい」と苦しんでいる貴方

に向けて

 

『死とは何か 著:シェリーケーガン』

 

という本を元に、死と真正面から向き合っていきます。

 

 流れとしては

①、1週間後の貴方は、今と同じ人ですか?

②、死の何が悪いのか?

③、不死は良い事なのか?

④、死に対する適切な感情

⑤、自殺について

 

 この記事を読む事で、「死とは何か?」を考えるキッカケになります。

 何となく考えているよりも、深く死生観を学ぶ事が出来ます。

 死の本質と向き合う事ができて、どう生きるべきかを考える事が出来ます。

 

 なお、倫理観の高い人は私に怒りを覚えるかもしれません。

 精神的に敏感な人は心が疲れてしまうかもしれません。

 

 しかし私は責任を負いません。

 それを了承してくれた貴方だけ、読み進めて下さい。

 

 それでは死と真正面から向き合っていきましょう!

 

 

 

死とは何か①『1週間後の貴方は、今と同じ人ですか?』

 結論:『肉体全てが完全に消滅しなければ存在はしている』

 

 貴方に一つ質問です。

「1週間後の貴方が生きているとは、一体どんな状態ならそう言えますか?」

 

 質問されている意味が分からない人も多いと思います。

 今まで死と向き合って来なかった私達にとって、死と向き合うとは全てが新しいんですよね。

 

 もう少しイメージしやすい質問に変えましょう。

 

 死者を蘇らせる蘇生魔法があるとします。

 肉体がバラバラになった死者の肉体ごと蘇生。

 この蘇生された人物は、果たして蘇生前の人物と全く同じ存在なのでしょうか?

魔王学院の不適合者 第一話参照

 

 もっと現実問題として身近に迫っている例も出します。

 完全自立型人工臓器。

 これを体の悪い場所に移植していく未来は近いと言われます。

 

 貴方も老化が進めば、弱った多くの臓器を入れ変える選択が出来ます。

 肝臓、肺、腸、目、心臓、脳・・・

 全身ほぼ全ての臓器が人工臓器となった時点で、果たしてその人物は貴方と言えるのでしょうか?

 

 このようにドンドン深く考えていくと、

「自分ってなんだ?」

と混乱します。

 

 ここではこれ以上深くは言いませんが、結論としては

『肉体全てが完全に消滅しなければ存在はしている』

という事になります。

 

 この部分を更に深いところまで考えて、生きるための思考にしたい貴方はこちら!

>>>自分探しとは「私達は何者なのか?」「なんのために生きるのか?」を探す旅。その答えとは?

 

 

 

死とは何か②『死の何が悪いのか?』

 結論:『未来の可能性を奪われる事』

 

 貴方も、私も、ほとんどの人は

「死とは悪いモノだ」

と考えます。

 

 しかし、死の何が悪いのかを考えたことのある人は少ないです。

 ここではそれを考えます。

 

 世間的に死が悪いとされる理由は大きく4つあります。

◎、『残された人達が悲しい』

◎、『死ぬまでのプロセスが悪い』

◎、『存在がなくなる事が悪い』

◎、『可能性を奪われるから悪い』

 

 これらについて、更に深掘りして見ていきましょう!

 

 

<『残された人達が悲しい』>

 確かに人が死ぬと、残された人達がとても悲しくなります。

 そのため、

「それが死特有の悪い部分なのでは?」

と考えます。

 

 しかし、深く考えていくと、死特有ではない事がわかります。

 事例①と事例②の悲しさを比べて下さい。

 

<事例①>

 未来に行けるタイムマシンが開発されたとします。

 貴方の最も大切な人物が最初の被験者として選ばれ、500年後の未来に行くこととなりました。

 

 500年後ですので貴方は生きていませんし、過去に戻る方法はないため、最も大切な人とは一生の別れになります。

 そしてその人は無事未来に旅立って行きました。

 とても悲しいですね。

 

 ではもう一つの例と悲しさの度合いを比べます。

 

<事例2>

 先ほどと同じ状況です。

 そして大切な人が旅立つ時に、タイムマシンがエラーを起こし、貴方の目の前で大爆発!

 大切な人は痕形もなく消滅しました。

 とても悲しいですね。

 

 どうでしょうか?

 喪失感、もう一生会えない状況は全く同じです。

 

 しかし、貴方は事例②の方が悲しく、嫌だと感じたと思います。

 という事は、死特有の悪い部分は、残された者が悲しいという部分とは別に

”何か”

が存在していると言えます。

 

 

<『死ぬまでのプロセスが悪い』>

「死ぬこと自体ではなく、死ぬまでの時間が嫌なんですよ!」

と考える人もいます。

 

 確かに拷問を受けたり、事故でお怪我をしたり、病気で苦しむのは嫌ですよね。

 しかし、それは死ではなく、拷問や怪我、病気が悪く、嫌なのであって死そのモノが嫌なわけではない時点で死特有の悪い部分とは言えません。

 

 それに、寝ている間に苦しまず、気付いたら死んでいたという状況では、

「死ぬまでの時間が怖い」

は成り立ちません。

 

 とすると、これも死特有の悪さではないように思えます。

 

 

<『存在がなくなる事が悪い』>

「自分をいう存在がこの世の中からなくなってしまうのが怖い、悪いんです!」

との意見もあります。

 

 しかし、死んだ瞬間に無になるとしても、魂のような意識が別離するとしても、これが死特有の悪い部分とは言えません。

 

 だって、死んだ瞬間に無になるのなら、そもそも悲しさや空しさ等の感情すら消滅しますので、悪いも良いもありません。

 

 意識が別離するのなら、そもそも存在が消えないのですから、存在が消える事に恐怖する必要がありません。

 存在する世界は変わるかもしれませんけどね。

 

 

<『可能性を奪われるから悪い』>

 この説が一番シックリきます。

『死んだ者のこれからの可能性を奪うことになる』

 

 これなら、最初のタイムマシンの例で残された

”何か”

の説明も付きます。

 

 無事タイムマシンが飛べば大切な人の未来が続きます。

 一方で、目の前で即死したら、大切な人の未来が途絶えます。

 

 この違いがあるので、死は悲しく、悪いモノだと考える事が出来ます。

 もっとも、この考え方にも疑問に思える部分はあります。

 

 それは

「そもそも死とは本当に悪いことなのか?」

これに答えられないんですね。

 

 それを考えるには、不死について考える必要があります。

 

 

 

死とは何か③『不死は良い事なのか?』

 結論:『不死は辛い事である』

 

<不老不死は辛い>

 ドラゴンボールのナメック星編ではフリーザとベジータとで

「不老不死になりたい!」

なんて争奪戦が行われましたが、果たして不老不死とは本当に良いことなのでしょうか?

(ドラゴンボールが分からない人はスミマセン)

 

 ただの不死だと、老化が進み、体が動かなくなったり、寝たきりのまま永遠に存在するだけの存在になってしまうので、辛い事だと誰でも分かります。

 では、不老不死だとどうでしょうか?

 

 肉体は衰える事を知らず、鍛えれば鍛えただけ成長する。

 しかも何千年、何万年、何億年・・・と永遠に生き続ける事が出来る。

 

 このように不老不死なら

「凄い人になって楽しい人生が送れそう!」

と考える人も多いと思います。

 

 しかし、そうとも言えないのが人間という存在なんですね。

 人間とは慣れる生き物なんですね。

 

 必ず死ぬ人生の中では

”慣れ”

は生きていくためにとても重要な機能です。

 物事に慣れなければ心や精神をすり減らし続けて疲弊してしまい、死に近づきますので。

 

 しかし、不老不死の人には死が訪れませんので、

”慣れ”

との闘いの人生になるんですね!

 

 今大好きな食べ物や趣味を何万年、何億年も続ける事を想像して下さい。

 飽きませんか?

 

「飽きたら新しい事に取り組めば良いじゃん!」

と思うかもしれません。

 

 その新しい事も、何万年、何億年と続けたら飽きます。

 もっと現実的な数字にすると正直な話、何万年ではなく、物凄く熱中できる事でも、長くて何十年で飽きます。

 

 今の私達の人生で一生を捧げるくらいの長さですね。

 その長さすら熱中しきれない人の方が多いわけですから、下手をしたら一つの事に1年と持たずに飽きるかもしれません。

 

 そんな生き方を終わりなく延々と繰り返さなければなりません。

 何十億年と経過した頃、人類が滅亡しても、地球が終わりを迎えても貴方は生き続けます。

 新たな星を探して漂うかもしれません。

 

 新たな星や人類を見つけ、そこでの生活をスタートさせても、何十億年後かにはその星も消滅します。

 このような生き方を延々と繰り返す。

 その規模で親しい人達や慣れ親しんだ環境との別れを無限に繰り返す生き方。

 

 果たして本当に幸せでしょうか?

 

 下手をしたら

『終わりのない慣れとの闘い』

『大切な存在との無数の別れ』

の中で精神疾患になるかもしれません。

 

 精神疾患は老化ではありませんから完治するとも限りません。

 そんな苦しみながら死ねない、終わりのない生き方もあり得ます。

 

 このように考えていくと人間にとって

『死とは必要な事』

と言えるんですね。

 

 

<人はどう死ぬのかを考える>

 ここまでで貴方は

「不老不死なんてSFやアニメの話じゃん!そんな事を考える方が無駄じゃん!」

と思ったかもしれません。

 

 しかし、実はこの問題はSFやアニメの世界の話ではなく、既に議論され始めている現実問題です。

 

 先ほども少し出てきた人工臓器等、最先端医療の発達により、そう遠くない未来に

『人類は自然死できなくなる』

と言われています。

 

 臓器が全て老化しない人工臓器に変わったら、もう自然には死ねないんですね。

 ではそうなった場合に人間はどのように死ねば良いのか?

 

 それは

『「もう死なせて下さい。」と自己申告をして人工臓器を停止してもらう』

 このような形でしか死ねなくなるそうです。

 

 不老不死はSFやアニメの話ではなく、既に議論しないといけないレベルにまでテクノロジーは進化してきているんですね!

 この話について、更に詳しくは別記事にて。

>>>『超人類の時代へ 著:イブヘロルド』(今後作成予定)

 

 

 

死とは何か④『死に対する適切な感情』

 結論:『恐怖ではなく、怒りや感謝の感情が適切』

 

 死は決して悪いことではないと見てきました。

 しかし、やはり私達は死は悪い事だと感じてしまいます。

 

 それは

『死の何が悪い事なのか?』

で考えた通り、可能性を奪われるからだと仮定しましょう。

 

 この考えに沿うと、私達は

『死は悪いことではないが、私達が思うよりも訪れる時期が早すぎる』

と考えているのではないかと思われます。

 

 つまり、死そのモノではなく、あまりに早すぎる死が嫌なわけですね。

 

 こうすると、死に対する適切な感情は

『恐怖ではないこと』

に気付きます。

 

「なんでもっと生きていたいのに、こんなに早く死が訪れるんだよ!?」

という事ですから、これは恐怖ではなく

『怒り』

です。

 

 そうなんです。

 死と真正面から向き合っていくと、本来死に対して向けるべき感情は

『恐怖』

ではなく

『怒り』

なんですね。

 

 もっとも、怒りが全て正しいという事でもありません。

 

 例えば、不老不死の辛さを本気で自分ごととして感じる事が出来る人は死に対しては

『感謝』

を向けると思います。

 

 このように、実は死に対しての適切な感情とは

『捉え方によって変化する』

わけです。

 

 だから、死について心を磨り減らすのではなく、

「どう生きるべきか?」

に感情を向けるべきなんですね。

 

 

 

自殺について

 今回お話してきたのは

『自分の意思とは関係なく訪れる死』

についてです。

 

 その一方で

『自分の意思で迎える死』

 つまり自殺もあります。

 

 この流れで話をした方が理解という面では良いのかもしれませんが、内容がとても長くなってしまい、読者さん達が疲れた状態で考えてもらうのはとても負担が大きいと思うので、別の機会にします。

 

 この自殺に関しての考察を目的で訪れた方もいらっしゃるかもしれませんが、ご理解下さい。

 

 それでも、ここまで見てきた内容を深く考えるだけでも

「もう死にたい」と考える人を救うためのキッカケにはなります。

「もう死にたい」と考える本人の考えるキッカケにはなります。

 

 是非何度も読み返し、何度も考えてみて下さい。

 

 自殺についての考察に関してはこちらの記事です。

 同じレベル、又は更に頭を使う内容となっていますので、キチンと休みながら読む事をオススメします。

>>>『理性的に自殺を考える。適切な自殺というものは存在するのか?』

 

 

 

まとめ

 それでは

本質的な死を考える。「貴方は宗教に頼らず死を語れるか?」

についてまとめて終わりにします。

 

 ①、1週間後の貴方は、今と同じ人ですか?

 肉体全てが完全に消滅しなければ存在はしている

 

 ②、死の何が悪いのか?

 未来の可能性を奪われる事

 

 ③、不死は良い事なのか?

 不死は辛いことである。

 

 ④、死に対する適切な感情

 恐怖ではなく、怒りや感謝の感情が適切 

 

 自殺について

 別の機会に詳しく語ります。

 

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 是非、他の死とは何かシリーズの記事も宜しくお願いします。

>>>カテゴリー『死とは何か』

 

 

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