東日本大震災から10年の節目に考える死生観!『生きるとはどんな状態?』について考える。

※ この記事は音声学習に対応しています。

 

 

 2011年3月11日、14時46分

 マグニチュード9、最大震度7を観測する東北地方太平洋沖地震(通称:東日本大震災)が発生しました。

 

 この出来事を境に人生が大きく変わった人は多いと思います。

 

 そんな多くの人の人生に影響を与えた、東日本大震災の発生から10年目の節目だからこそ、今回は死生観

『生きるとはどんな状態?』

について考えて行きたいと思います。

 

 この記事を読むことで

◎、生きるとはどんな状態か?を真剣に考えるキッカケとなります

◎、貴方自身が本当に望んでいる状態を考えるヒントになります

◎、思考力を鍛えられます

 

 ただし、このような死生観について真剣に向き合った事のない人だと、混乱する可能性がある難易度ですので、あらかじめご了承下さい。

 

 それでは一緒に、死生観と向き合っていきましょう!

 

 

 

被災経験を活かすために、生き死にについて真正面から向き合う

<記憶を風化させないためには学びにする必要がある>

「東日本大震災の記憶を風化させてはいけない!」

と頻繁に見聞きします。

 

 その対策として語り部を置いたり、震災遺産を残したり、毎年テレビ報道をしたりがされています。

 

 しかし私は、これらは映像や言葉・記憶として残るだけで、本質的に残るような取り組みではないと感じます。

 

 こちらの記事でも言っていますが、私は

『体験談は残すだけでは、ただの昔話にしかならない』

と思います。

>>>東日本大震災から10年の節目。『ふたひいの体験談と想い・学んだこと』をお話します。

 

 どんなに言葉や映像で残そうと、戦争と同じように経験者だけの昔話で終わりです。

 

 そこで、私は東日本大震災を本質的に意味のある経験とするために

『経験から学び、変化を受け入れ、成長する事』

の重要性を説きます。

 

 先ほど紹介した記事もその一つです。

 そして今回は東日本大震災という経験を一つのキッカケとして、死生観という部分での学び・成長につなげたいと思います。

 

 

<価値観の大変革>

 まず最初に死生観についてですが、死生観とは、生き死についての考え方のことを言います。

 

 つまり多くの人、特に若い人はほぼ全員が一度は考えたことのあるであろう

「生きる意味とは何だろう?」

「なんで死んではいけないの?」

のような疑問に対する考え方のことを死生観と言うんですね。

 

 一方、年配者の多くは

「生きるのは当たり前だろう!死について考えるなんて悪だ!」

「死ぬ気になれば何でもできる!」

のような考えを持ちガチですが、東日本大震災で被災した人は少し違うと思います。

 

「こんなに辛い想いを抱えたまま生きるのは無理」

と考えた年配者が少なからず居たはずです。

 

 これは

『価値観の大変革』

と言って良いほどの出来事です。

 

 だからこそ、そんな価値観の大変革が起きた東日本大震災10年目をキッカケに

『生きるとはどんな状態か?』

という死生観に真正面から向き合うべきなんですね。

 

 その上で、

①、人それぞれの”生きている”という目線

②、命・体があれば生きているの?

③、心・精神があれば生きているの?

④、命・体、心・精神が幸福なら生きているの?

⑤、ふたひいの考え方

という5点で生きている状態とは?を見ていきたいと思います。

 

 もちろん、死生観は人それぞれ違うモノを持っていて良いモノです。

 そのため私の考えに従う必要はありません。

 

 あくまでも死生観と真っ正面から向き合うキッカケにして欲しいだけですので、あまり難しく考えないで読んでみて下さい。

 

 それでは、これら死生観について更に詳しく見ていきましょう!

 

 

 

人それぞれの”生きている”という目線

 最初に一つ質問をします。

「貴方は今生きていますか?」

 

「生きているに決まってるじゃん!」

と考えた貴方!

 なぜ今生きていると言い切れるのですか?

 

 逆に

「いや、今の私は生きているなんて言える状態じゃないのかもしれません。」

と考えた貴方は、なぜ今生きていると言えないのですか?

 

 恐らく生きていると言える人の目線は

『命・体』

です。

 

 つまり、

「心臓も脳も、臓器も全部正常に動いています!だから生きているに決まってるでしょ!」

という感覚ですよね。

 

 逆に生きていないと考える人の目線は

『心、精神』

です。

 

 つまり、

「いや、生命を維持出来ているだけで生きているとは思えません。生きている実感もなく、辛いだけなんです。」

という感覚ですよね。

 

 では、貴方が生きていると考える時の目線が明確になったところで、

「それって本当に生きているの基準になるの?」

という部分を見ていきましょう!

 

 

 

②命・体があれば生きているの?

 まず

「生きているに決まっているじゃん!」

という部分について考えます。

 

 そんな貴方はこの事例を考えてみて下さい。

 貴方が大災害に被災し、重体になったとします。

 貴方の体は無事ですが、記憶や体験、思考力等は全て失われました。

 

 潜在記憶として残っている可能性もゼロ。

 でも全て貴方の体です。

 

 これは

”貴方が生きている”

と言えるんですよね?

 だって体はそのまま生きていますよ。

 

 どうでしょうか?

 恐らく、これで生きていると言われても違和感が残ると思います。

 

 ということは、

「命・体があるから、私は生きているんだ!」

と言い切るのは、違和感があるということかもしれませんね。

 

 

 

③心・精神があれば生きているの?

 では次に

「(精神的に辛くて)今の私は生きているとは言えないかもしれません。」

という部分について考えます。

 

 貴方は

「仕事が上手く行ってなくて辛い。今の自分なんて生きていると言えないよ!」

と考えている時に大災害に被災し、体を失い脳だけになったとします。

 

 脳だけで生命維持装置に繋がれ、記憶や経験、思考力は残っています。

 すると貴方は、脳だけで生命維持できた世界初の存在となり、世界的大スターになります。

 

 コンピューター処理により他人との意思疎通は不自由なく行え、そのシステムによって仕事も順調。

 収入も何の問題もないほど莫大な金額を手に入れました。

 

 これなら

”貴方が生きている”

と言えるんですよね?

 

 体は脳しかありませんが、今の苦しい状況を脱し、いわゆる成功者の一人になれましたよ。

 

 そうは言っても、やはりこれも違和感がありますよね。

 

「脳だけじゃそんな成功意味ないじゃん!」

と感じるという事は、やはり、生きていると言えるためには体も必要なのかもしれません。

 

 

 

④命・体があり、心・精神が幸福なら生きている?

 ここまでで

「生きていると感じるためには体と心の両方があれば良いんじゃない!?」

と思った人も多いと思います。

 

 しかし、本当にそうでしょうか?

 

 ここでもちょっと極端な例で考えてみましょう。

 今の貴方に幸福ホルモンのドーパミンとセロトニンを大量投与します。

 

 するとネガティブなことなんて考えられず、

「なんでか理由は分からないけど、メチャクチャ幸せ~!」

という状態になります。

 

 その後、貴方は被験者として研究機関に拘束され、栄養は点滴とサプリのみ。

 排泄はその場で垂れ流し。

 

 そんな状態で、一生縛られたまま生命維持だけされ、幸福ホルモンの注射を打たれ幸福感の中一生を終えていく生き方となりました。

 

 これなら

”貴方が生きている”

と言えるんですよね?

 

 だって、命も体もあり、心・精神面は幸せですよ!

 

 でも恐らくほとんどの人はそんな状態を望みませんよね。

 それで生きていると言われても違和感がありますよね。

 

 という事は、命・体があり、心・精神が幸福だとしても、それだけでは生きていると言うには違和感があるんですよね。

 

 では、生きているってどんな状態ですか?

 

 

 

⑤ふたひいの考え

<自分自身が望む形>

 たぶん

「もうワケ分からん!」

という人が多いと思います。

 

 実は私も分かりません!

 そのため、今の私はこのように考えます。

 

『生きているとは、今の自分自身が望む形で存在していること』

 

 恐らく今までの例での違和感は

「そんなの望んでいない!」

から来ていると思います。

 

「いくら命・体が残っていても、心や記憶等がなければ嫌だ!

「いくら心・精神が幸福でも、体がなければ嫌だ!

「いくら命・体が健康で、心・精神が幸福でも、自由がなければ嫌だ!

等が違和感の正体。

 

 つまり

「そんなの望んでない!」

なわけですね。

 

 という事は

『今の自分が望む形で存在していること』

こそが

 

「私は生きている!」

と言える一つの考え方なのかと思います。

 

 この考え方であれば、最初に

「生きているに決まってるじゃん!」

と答えた人は、今の貴方は比較的満足した状態で存在しているのかもしれません。

 

 一方、最初に

「今の私は生きているとは言えないかもしれません。」

と答えた人は、今の自分のことを

 

「私が望んでいる状態で存在できていない」

と感じているのかもしれません。

 

 そのため、生きていると言える状態とは、命や体の有無とか、心・精神の状態とかではなく

『自分自身が望む状態』

に左右されるのかもしれませんね。

 

 という事は、

『生きていると言える状態も、生きているとは言えない状態も、それを決めているのは貴方自身だ!』

という事です。

 

 

<幸福度は感謝で決まる>

 生きている実感に重要な要素として

『幸福度』

というモノがあります。

 

 この幸福度は

『今の状態に感謝できるかどうかで決まっている』

という考え方があります。

 

 実際に、世界一幸福度の高い国ブータン。

 ここは貧困国としても有名ですよね。

 それでも幸福度は世界一。

 

 環境や状況を日本と比べたら間違いなく不幸です。

 しかし、幸福度はブータンの圧勝。

 

 この差は

『今の状態に感謝できているかどうか?』

との事なんですね。

 

 つまり、

 日本人は、本当は恵まれているのに

『幸福感が弱い=日常に感謝していない』

 

 ブータン人は、本当は恵まれていないのに

『幸福感が強い=日常に感謝している』

ということなんですね。

 

 

<今すぐ貴方がやるべきこと>

「今の私は生きているに決まってるじゃん!」

と考えている貴方!

 

 今の貴方は、今の貴方が望んでいる状態だから

「生きている」

と言い切れると言いましたよね。

 

 という事は、今の貴方は

「意識していなかったけど、実は今の状態が自分で望んでいる自分の姿なんだ!」

意識するだけで、幸福度は上がって行くかもしれません。

 

「今の私は生きているなんて言えないよ!」

という貴方は、ただ今の状態のまま我武者羅に足掻くのではなく、

 

「自分の望む姿とは、どんな状態なんだ?」

を考え、明確に意識することが最優先事項なのかもしれません。

 

 他人を意識している暇があったら自分自身と向き合ってみませんか?

 

 では最後に、ここまで読んでくれた皆さんにこの質問をします。

 

「貴方は生きていますか?貴方の望む状態とはどんな状態ですか?」

 

 

 

まとめ

 東日本大震災を本質的に風化させないためには

『経験から学び、変化を受け入れ、成長すること』

が重要です。

 

 東日本大震災は人の価値観を大きく変える出来事でした。

 それを、生き死にについて真正面から向き合うキッカケにしました。

 

 その上で、死生観として生きている状態とは?を

①、人それぞれの”生きている”という目線

②、命・体があれば生きているの?

③、心・精神があれば生きているの?

④、命・体、心・精神が幸福なら生きているの?

⑤、ふたひいの考え方

という流れで見てきました。

 

 これで今まで漠然と考えていた

「生きるとは何か?」

を真剣に考えるキッカケになったと思います。

 

 貴方自身が本当に望んでいる状態を考えるヒントがありましたよね。

 

 何も掴み取る事が出来なかったとしても、普段考えないことをジックリと考える時間は、思考力を鍛える脳の刺激になっています!

 

 このように考える私の東日本大震災での経験談やそこからの学びについて興味を持った貴方は、こちらの記事もお読みください。

>>>東日本大震災から10年の節目。『ふたひいの体験談と想い・学んだこと』をお話します。

 

 この記事で出会ったのも何かの縁ですので、またこのブログに来て下さいね!

 

 

 

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