『臨死体験とはどんな感じなのか?』経験者の私が、スピリチュアルに逃げないで要点をお話します。

 人は長く生きていると

◎、介護施設での看取り

◎、危篤状態の家族のお見舞い

等、瀕死・臨死という状況に立ち合うことは必ず訪れます。

 

 それが貴方の身近な人なのか、貴方自身なのかはわかりませんが、いつかは必ず経験することです。

「そんなとき、私はどうしたら良いんだろう?私に何ができるんだろう?」

「自分がそんな状態になることを想像したら怖い!!」

等、実際のところが何もわからないからこそ不安や、恐怖を覚えますよね。

 

 そこで今回は

「わからないところは、霊とか、あの世とか曖昧なものにしておけば良いや!」

みたいにスピリチュアルに逃げることなく

『臨死体験とはどんな感じなのか?』

を経験者の私が要点をお話します。

 

 この記事を読む事で

◎、瀕死の状態にある人の感覚をイメージできます

◎、臨死体験というモノはどういったことで起き得るのかのイメージもできます

◎、人の死に関わる仕事をしている人や家族による声掛け・注意点もわかります

 

 それでは、瀕死・臨死状態の経験者が語る当時のお話を一緒に見て行きましょう!

 

 

 

自分事として捉えることができない

 瀕死・臨死状態の感覚は

『自分事として捉える事ができない』

と言えます。

 つまり、周囲が思っているほど苦しくはないですし、辛くはないんですね。

 一説には、脳が死を意識すると快楽物質を異常量分泌するからとも言われますが、ともかく私も経験上は苦しかった記憶はありません。

 

 と言う事で、私が過去に2度経験した瀕死状態について3点

①、瀕死の状態での感情

②、臨死体験時の感覚

③、声掛けの重要性

 これらについて要点を見て行きましょう!

 

 なお、グーグルのポリシーに引っ掛かる恐れがあるので、具体的な体験談はサブブログに書かせていただきました。

>>>スピリチュアル抜きで、瀕死・臨死の体験談の記憶をお話します。

 

 しかし、サブブログでも全面公開は難しく有料にすることで制限を掛けて対応しているので

「興味はあるけど、有料なら別に要らない!」

という人は、こちらの音声で有料部分も全て無料で聞けますので、ご活用ください。

 

 

 それでは私の経験から言える瀕死・臨死体験の要点について、更に詳しく一緒に見て行きましょう!

 

 

 

①瀕死の状態での感情

<どんな状態か?>

 瀕死の状態では

『生きる気力があると辛い。どうでも良くなると楽になる』

という感情です。

 

 私の場合はストレスで食べ物が食べられなくなり、栄養失調と脱水で瀕死の状態に陥りました。

 何があり、どんな事を考えており、どんな状況だったのか等は先程紹介した記事の方を読んで欲しいのですが、要点としては

「生きたい!必要とされたい!」

等の感情が残っている時に、今自分が置かれている状況とあまりにかけ離れている事で葛藤が起こり、無力感も相まって苦しかったです。

 

 一方、更に危険な状態に陥った、いわゆる本当に瀕死の状態にまで進行すると苦痛はなくなりました。

 というのも、

「生きたい!誰かに必要とされたい!」

等の感情はなくなり、

「もうどうでも良いや!」

となったことで葛藤がなくなったからです。

 

 この境地に達すると、今の自分の状況が何も見えなくなります。

 と言うよりも、今起きている事が自分に起きている事と感じられなくなります。

 どこか他人事なんですね。

 だから苦しくはないわけです。

 もっとも、この状況に陥ったら自力で助かることはほぼ100%不可能だとは思いますけどね。

 私の場合は、偶然送られてきた1通のメールをキッカケに戻って来られて、今も生きているわけですが。

 

 

<どんな声掛け・態度をすれば良いか?>

 この状態の人に

「キチンと生きろ!生きていれば良い事があるかもしれないぞ!」

みたいなことを言っても無意味ですね。

 生きることを放棄したから苦しみから解放されたわけですし、そもそも既に自分の事という感覚がないわけですから。

「この人は何を言ってるんだ?これは私に言っているのか?どうでも良いけど、うるさいなぁ!」

くらいにしか感じません。

 

 私の場合は偶然救い上げられたので、このような状態の人にどのような言葉を掛ければ良いのか難しいのですが・・・

「生きて欲しい!生きる事が正解だ!」

みたいな価値観での声掛けは無意味ですので、一緒にいるための声掛けが良いかもしれませんね。

「一緒にご飯食べよう!」

「一緒にゲームして遊ぼうよ!」

「お泊まり会しよう!」

みたいな感じですかね。

 特別視したモノではなく、一緒にいるための言葉です。

 

 

 

②臨死体験時の感覚

 次に臨死体験時の感覚ですが、それは

『ふわふわして、周囲の動きを空から眺めているような感覚』

と言えます。

 

 このように言うと

「それって幽体離脱ってことでしょ?スピリチュアルに逃げてるやん!!」

とツッコミを受けそうですが、違います。

 私はこの経験を幽体離脱だとは認識していません。

 詳細はこちらも先程紹介したサブブログの方を読んで欲しいのですが、臨死体験時の私の状態は

◎、聴力以外の感覚が全て麻痺

◎、その影響で全身がふわふわした感覚に包まれている

◎、聴力が異常なほど敏感な状態

◎、苦痛や痛みは一切ない

みたいな感じです。

 

 聴力以外の全ての感覚がないので、自分事として捉える事ができなんですね。

 しかし、全ての感覚が聴力に注がれるので物凄く聴力が敏感になります。

 どのくらい敏感かと言うと、

『聴力だけで離れた室内の人達の動きまで把握できるほど』

です。

 

 足音だけで、その人の感情がある程度読み取れるほどです。

 当然どこに誰がいて、何をしていて、何を喋っているのか?等は全部わかります。

 離れた場所というのは具体的には、壁を挟んだ部屋や、その部屋の隣の部屋くらいまでは把握できます。

 当然自分の回りも把握できます。

 これだけの広い範囲の状況が手に取るように把握できるので、空から状況を見ているような感覚になるんですね。

 

 これが私の経験した臨死体験になります。

 幽体離脱と言うよりも、人間としての感覚機能が制限されることによる能力向上で、今まで味わったことのない感覚と言えますね。

 最後に、この状態の人に対しての声掛けや注意点についても軽く触れて行きましょう!

 

 

 

③声掛けの重要性

<自分事として捉えられないとは、こういう事>

 臨死体験をするような状態の人への声掛けも、最初の例の時と同じで

『「これは自分の身に起きていることなんだ!」と感じられるような声掛け』

が重要になります。

 

 臨死体験をしているときの体は、生命活動が終わりそうな状態です。

 そのため、体が生命活動を終えたら声掛けも何もないのですが、本人の意識を引き戻す方法ならあると思います。

 それが

『自分事と感じられる声掛け』

なんですね。

 なお、何故声掛けなのかはここまでの話で分かりますよね。

 臨死体験をするくらいの状態では聴力しか働いていないからです。

 

 この状態にある人は、その出来事を自分事として捉えていないので生きる事への執着が全くありません。

 これと同じ感覚を貴方で例えるのなら、貴方は

「今この瞬間にも世界のどこかで尊い命が失われています。」

ということは知識として知っていますよね?

 今この言葉を言われたくらいの感覚です。

 

「確かに知識として知ってはいますし、事実として認識はできているけれど、どこか遠いところでの話で、今の自分に直接関係することと実感はできない。」

これと同じ感覚なんですね。

 そのため、

「頑張って!生きるんだよ!!戻ってきて!!!」

のような声掛けをされても

「はぁ?この人は何を言っているんだろう?なんでこんなに必死なんだろう?」

と疑問しか沸かないんですよね。

 

 

<名前・固有名詞が重要>

 だから危篤状態の人へは

名前を呼んであげて下さい!」

と言われるんですよね。

 声は聞こえているし、状況が把握できるくらい頭も働いています。

 これは自分事と捉えられていないだけですが、自分を識別する名前は別ですよね!

 

 だから名前を呼ばれると

「あぁ、○○さんが自分の事を呼んでいるな!自分に話掛けているな!」

と理解はできるんですよね。

 最初は、自分を呼んでいると言う事が理解できても、それすら自分事に捉える事は出来ませんが、何度も何度も繰り返し、繰り返し名前を呼ばれているうちに、

「あぁ!これは今自分に起きていることなのか!」

と意識が戻ってきやすくなるんですね。

 

 

<危篤状態の人の近くでの行動には注意が必要!>

 ここまで危篤状態の人の感覚と、声掛けについて見て来ましたが、最後に注意点も軽く見てみましょう!

 

 私も看取りを行う施設の介護職員経験が10年以上あるので、わかるのですが

◎、看取りを行っている介護施設の職員さん

◎、病院の医療従事者さん

◎、危篤状態の人をお見舞いにきた家族や知人

等々は近くでの言動には注意して下さい。

 何故なら、

『貴方達の言動は本人に筒抜けだから』

です!

 

 体を動かせないし、声を出せないので表現できないだけで聴力と思考力は残っています。

 そのため周囲の人達の言動はキチンと把握できているんですね。

 しかも私の経験上、この時の聴力は異常なほど高性能です。

 前項でも言った通り

◎、壁の向こう側の部屋の足音から何から全て把握

◎、壁の向こう側の部屋と隣接している部屋の動きまで把握

◎、足音から人の感情まで読み取れる

というようなレベルですからね。

 

 居室や病室の外くらいの音なんて全部聞こえていますよ!

 更に夜間等、静まり返っている時なら、更に遠くの音まで聞こえていると思われます。

 他に感じとれるモノが何もないので、この異常な聴力は更に研ぎ澄まされている可能性すらあります。

 そのため、休憩室・スタッフルーム・ナースセンター等での言動すら把握されている可能性があります。

 

 もっとも、その状態で把握していることを自分事と捉えていないので、失礼な言動をしていても怒り等の感情は一切湧いてこないでしょうけどね。

 ただし、意識や体の感覚が戻ってきた場合は話が変わります!

 その時の出来事は記憶には残っていますので、感覚が戻って来たときに怒り等の感情がこみあげて来る可能性はあります。

 これを是非知っておいて欲しいと思います。

 今の皆さんはこの辺り、大丈夫ですか?

 

 

 

まとめ

 瀕死・臨死状態の感覚は、自分事として捉えることができない状態にあります。

 

 その上で要点を3個

①、瀕死の状態での感情

 『生きることを放棄して楽になった状態。一緒に居る事が当たり前な声掛けが良い』

 

②、臨死体験時の感覚

 『聴力だけ異常に敏感になっている。どこか遠い世界の出来事のような感じ』

 

③、声掛けの重要性

 『自分事と感じられる声掛けが重要。夜間は施設内・病院内全域の音を捉えている可能性も!』

 

 これで瀕死の状態にある人の感覚をイメージできましたよね。

 臨死体験というモノはどういったことで起き得るのかのイメージもできたかと思います。

 人の死に関わる仕事をしている人や家族による声掛け・注意点も把握出来たと思います。

 

 日本人は死生観について真正面から向き合うことを

「何かいけない事!」

のように捉え、中々普段から向き合えません。

 是非この機会に頑張って向き合ってみてはいかがでしょうか?

 

「よし!向き合ってみるか!」

という貴方はこちらの記事もお読みください。

>>>警察・介護看取り・実体験と、様々な形の死と長く関わってきた私が考える『死生観』について

 

 この記事を読んで少しでも

「助かりました!面白かった!」

「頑張って!」

等と応援してくれる貴方は、ツイッターのフォロー、記事のシェア、はてなブックマークなどをしていただけたら大変助かります。

>>>『ブログを応援する方法』ブロガーがこれをして貰えたらメチャクチャ喜ぶこと6選と注意点

 

 

 LINEメルマガ始めました!

友だち登録をする 

「ブログも、毎日読むとなると私には結構大変です!」

「もっと短く学びを得られる方法はないの?」

そんな貴方向けとなっています。

 

 その日私が発信したブログの内容を、

ほぼ毎日、午後8時

1分で学べる量

に要約したモノを発信しています。

 

「一人では中々勉強が続かない!」

「まずは1分からでも、勉強習慣を身につけるところから!」

そんな貴方は是非登録してご活用ください!

 

 なお、中身がその時々で偏りますので

「これについて教えて欲しい!」

というテーマがあればチャットで教えて下さい。

「情報提供ご苦労さん!

と、100円でも支援していただけたら嬉しくて頑張れます!

応援してくれる方はこちらから宜しくお願いします。

ふたひい@…にOFUSEする